ちいちゃんパパのブログ

日々の、あることないこと。なんて、ほんとはちがう目的だったんですけど。まあ。いろいろ

クリスマスの夜

クリスマスイブの夜は、フライドチキンや唐揚げなどの詰め合わせと手まり寿司、もちろんクリスマスケーキも用意して、ちょっとしたパーティ。

 

最近、お気に入りのおうちカラオケでちいちゃんと妻は楽しく歌って、踊って(NiziUの歌に合わせてほんとうに踊っている)、ぼくはぼくで手頃な値段のチリの赤ワインを飲んでそんなふたりを眺めている。

 

ここ一年ほどでアルコール量がかなり増えた。毎晩のようにウイスキーをロックで数杯飲むようになったし、誕生日やクリスマスといったイベントごとがあれば、ワインだの日本酒だのを飲んでいる。ほぼ一人で一本空けちゃうんだからかなりの量だ。そんなこんなでお酒にも強くなった。

 

二日酔いになるようなことはさすがにないけれど、でも酔っぱらってしまえば心持ち明るくなるし、楽しくなる。キャンプの夜にNiziUの曲に合わせて踊ったというダンスを楽し気に踊るちいちゃんを見て幸せだなあと思う。「パパも踊る?」ってちいちゃんが言うけど、そんなの絶対無理だから、遠慮しとくよとぼくは苦笑しながら答えた。

 

そんな夜だったので気持ちもよくなって、いつのまにか寝てしまったみたい。「お風呂入るね」ってふたりが言うから(なにかといまだにふたりで入る)、「うん、行ってらっしゃい」って答えたところまでは覚えているのだけれど、次に気がついたときは午前2時。

 

「うわ」とぼくは言った。寝落ちしてしまった。いつだったかまだ新年会だの総会の懇親会だのが普通にあったころに組合の知人が「俺はもう起こしてもくれなくなっちゃったよ」と悲しげに話していたことがあったけど、気がついたらぼくも同じになっていた。でもまだ毛布を掛けていてくれるだけありがたいのかもしれない。

 

起き上がって水を何杯か飲んで、そこでふと考えた。ぼくは何かを忘れている。今日は、いやもう12時を過ぎているから昨日はクリスマスイブで、今日はクリスマス。イブの夜だからサンタはトナカイに乗ってプレゼントを届けるいちばん忙しい夜だ。ごくろうなことだなとぼくは思った。で、気がついた。ちいちゃんのサンタはぼくじゃないか!

 

2時で良かった。あやうくちいちゃんに「クリスマスにサンタが来ない」という経験をさせちゃうとこだった。以前に「偽サンタ現る」という経験をさせてしまった前科のあるぼくは急いで、でもなるたけ音を立てないように自室に上がり、プレゼントを手に取って寝室のドアを開けた。

 

ちいちゃんは布団から半分飛び出て、なんだかちょっと苦し気な顔で寝ていた。いったいどんな夢を見てるのか分からないけれど、とりあえず体調が悪いようではなさそうだから分厚い羽毛布団が暑かっただけなのかもしれない。もしかしたらサンタが来ない夢でも見ていたのかもしれない。

 

枕の横に大きなサンタ柄の靴下のかたちをした袋が置かれている。ぼくは音を立てないようにプレゼントをその袋の中に入れて、そっと元の場所に置いた。朝、起きたときちいちゃんはそれを見てどんな顔をするのかなとぼくは思った。クリスマスは土曜日だけれどぼくは仕事だから、ちいちゃんのそれを見ることはできない。

 

ちいちゃんに少し薄めの羽毛布団だけ掛け直して、ぼくはじっとちいちゃんを見つめた。こんなふうにちいちゃんの顔を見つめるのはずいぶんと久しぶりの気がした。大きくなったなあ、とぼくは思った。そりゃもう小学5年生だから大きくもなるんだけれど。

 

あと何回、こんなふうにちいちゃんを見つめることができるだろう。長いようであっという間に時間は過ぎるからたいせつにしなくちゃいけないな。飲み過ぎて寝落ちした夜に説得力も何もないけれど、でもほんとうにそんなことをぼくは思った。

テクテク

ちいちゃんは大きくなって、他の人から見れば小学5年生になった彼女はもうちいちゃんではないかもしれない。

 

先日、学校でキャンプがあって少しかたちを変えてしまった世界の中で本当に久しぶりの本格的な校外活動だったのだけれど、妻が見せてくれたそのときの写真を見てぼくは改めて、もうちいちゃんじゃなくなってしまっていたんだなと実感したのだ。

 

でも、もちろんぼくからすればちいちゃんはいつまでもちいちゃんのままでいつでもぼくのいちばん深いところにあって、だからふとしたときに心に浮かぶのはきみの姿だったりするし、それがどんなに成長した姿だったとしても、きみはぼくにはちいちゃんのまま存在している。

 

 

仕事でちょっとした用事があって、会社から伊勢原まで246を車で走った。用事はたいしたものではなくて、だからすぐに同じ道を会社へと戻った。

 

季節は晩秋で、歩道を落ち葉が風に舞っていた。昨日までの寒さがうそみたいに暖かい日差しの中で、多分もうひとりお腹にこどもを宿したお母さんが、ベージュ色の暖かそうなダウンに赤い毛糸の帽子をかぶった可愛らしい小さな男の子と一緒に歩道を歩いていた。

 

信号待ちで、ぼくは見るともなしにそんな親子の様子を眺めていた。不意に男の子がテクテク、トコトコと駆け出して、お母さんはゆっくりと男の子を追いかける。お母さんが声をかけて、男の子が振り返る。追いついたお母さんが手を差し出すと男の子は素敵な笑顔でその手をつないでふたり並んで歩きだした。

 

別になんてことのない出来事なのだ。身重のママが、もうひとりのこどもと手をつないで歩いていただけのことで、でも晩秋の暖かな午後、落ち葉が風に舞う歩道をふたりが歩くその風景は、ぼくにとって何かを思い出させる100パーセント完璧な風景だった。

 

ちいちゃんもそんなふうにテクテクと歩いていたなとぼくは思った。ほんの7年か8年前、そのころ住んでいたアパートの近くの大きな公園で、テクテクと歩くちいちゃんの後ろ姿をぼくはよく眺めていた。あんなに小さかったのに彼女はまるで体力おばけで、いつまでたっても帰ろうとしなかった。

 

テクテク、トコトコ、彼女はいつまでも覚束なげに歩き回った。ぼくが声をかけて振り向いた彼女がニコッと笑う。ぼくが差し出した手を彼女が強く握って、ぼくたちは手をつないで歩きだす。

 

そうだ。そういえばあのころぼくは彼女のことを「トコちゃん」って呼んでいたのだ。テクテク、トコトコ歩くトコちゃん。

 

「テクちゃんじゃだめかな」と、最初ぼくが言うと、妻は男の子みたいと言った。じゃあ、トコちゃんだねとぼくが言うと、それならいいねと彼女は笑った。

 

遠い昔の、幸せな神話。でもそんな結局たいして違いのない呼び方だけで、ぼくたちは優しくなれたのも確かだった。

 

テクテク、トコトコ歩く後ろ姿に、「トコちゃん」とぼくが呼びかける。振り返る彼女がニコッと笑う。天使の笑顔だ、バカみたいに半ば本気でぼくは思う。

 

晩秋、落ち葉が風に舞う暖かな午後に歩道を手をつないで歩く親子を眺めながらぼくはそんなことを思った。信号が青に変わりぼくはアクセルを踏み込む。

 

 

キャンプをとても楽しみにしていたちいちゃんは、とてもうれしそうな笑顔で帰ってきた。バスの中ではろくに話すこともできず、夕食はご飯だけ炊いてレトルトカレーだったり、とても本来の姿には程遠いにしても、とてもうれしそうにちいちゃんはキャンプの様子を話してくれた。

 

いつかきっと、ぼくはまた何かの折に思い出すのだろうな。ちょっとした出来事をきっかけにちょっとした出来事を。でもそれは他のどんなものよりも、いまぼくには貴いものに思える。

誕生日のおくりもの

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パパへ

 

おたんじょうび、おめでとう!

5月18日のたんじょうびだね。

なんさいかはしらないけど・・・

ともかくおたんじょうびおめでとう♡

 

***

 

学校で、

 

花束の作り方を教わったらしいちいちゃん。パパの誕生日にとてもりっぱな花束を作ってくれた。

 

「For  You」というティンカーベルのメッセージカードの裏には、ちいちゃんからの優しいメッセージ。

 

ねえ、

ちいちゃん。

 

ぼくは、ちいちゃんのその優しさをちゃんと上手に受け止められている? ぼくはちいちゃんの良いパパで、いられているかな?

 

でもさ、

 

ぼくはちいちゃんのその誕生日のおくりものが、とてもとてもうれしかった。

 

「ねえ、ちいちゃん」と、だからぼくは言った。

 

「ありがとう」

 

それだけじゃ、ほんとはきっととても足りないんだけれど。

思い出し笑い

仕事中、

ふと、思い出し笑いをしてしまった。

 

3年生になったちいちゃん。

まだお風呂はパパと入ってくれる。

 

で、

 

以前はちいちゃんとお風呂に入るのはほぼパパだったのだけれど。

 

けど去年の10月くらいのこと、ちょっと体調の悪い日が続いているなあなんて思っていたところ気がついたらパパは救急車で運ばれていて(こわ)、結局5日ほど入院してしまい、以来パパは体調をあまり信用されず、、、。

 

まあ、

あたりまえですね。

 

ということもあって、ちいちゃんとのお風呂もママとパパ、かわりばんこということになった。

 

それで昨日は、ちいちゃんと一緒にお風呂に入る日であいかわらずちいちゃんはお風呂のなかで空想の翼を広げる。

 

最近のちいちゃんのお気に入りは「七つの大罪」。とくにホークという不思議なしゃべるブタさん。あと、ディアンヌという巨人族のかわいい女の子。

 

って、

 

観たことのないひとには想像できないおはなしだろうけど。

 

「俺さまは残飯処理騎士団、団長のホークさまだ!」

 

こんなようなセリフをかわいい声で真似たりする。でももちろんお風呂のなかで繰り広げられるのは単純なお話ではないわけで。

 

昨日は七つの大罪を中心とした、ちいちゃんとパパお気に入りのアニメのキャラクターたちが繰り広げる天下一武闘会。ちょっと前にケーブルテレビでドラゴンボールがずっとやっていて、以来天下一武闘会はちいちゃんお気に入りのストーリー。

 

で、

 

昨日、登場したのは七つの大罪、アドベンチャータイム、団地ともおスパイダーマンスポンジボブ魔法使いプリキュアの面々。

 

「おい」と、パパが演じる悟空が言います。「オラ、びっくりしたぞ。なんで天下一武闘会なのに、オラたちが出ないんだよ。おっかしいだろ」

 

「それでは」と、悟空を無視して司会者のちいちゃん。「これより天下一武闘会を始めます」

 

「おい」と、悟空。「ちょっと待てよ」

 

「一回戦は」と、ちいちゃん。「七つの大罪チーム、ブーブー(ぼくは勝手にホークのことをブーブーと呼んでいる)VSアドベンチャータイムチーム、ジェイク」

 

「えー」と、悟空。そして試合開始。

 

ブーブーはちいちゃんが演じて、ジェイクをぼくが演じる。「俺さまは残飯処理騎士団、団長ホークさまだ。へんてこな黄色い犬なんかには負けないぞ」

 

「なんだとー。俺さまだっておまえみたいなへんてこなブタには負けないぞ」

 

で、

 

そんな言い争いが続いて試合が始まらないので、審判のパパが「そこまで。いつまでも試合が始まらないので、両者失格」

 

なんてことを言ったものだから、ちいちゃんは怒ってしまって。

 

「ずるいよ、パパ」と、ちいちゃん。「パパが試合開始って言わないからいけないんだよ」

 

湯船のなかで、ちいちゃんは頬を膨らませて猛抗議。そのムキになった表情があまりにかわいかったから、なんて言ったらちいちゃんはきっともっと怒ったかもしれないけれど、そんな表情を不意に思い出して、仕事中なのに、ぼくは思い出し笑いをしてしまったのだ。

 

なんか、

 

あいかわらずへんてこな毎日だ。

 

へんてこで幸せで、愛しい毎日。こんな日がどうか、ずっと続きますように。

デート

「今度の土曜日、デートなんだ」と、ちょっと誇らしげに会社の事務員さんにぼくが言うと、事務員さんはやれやれといった感じでちいちゃんとですか、と答えた。事務員さんは会社の納涼祭にも来たことのあるちいちゃんのことをよく知っている。

 

「それがね」と、さらにぼくは言った。「違うんだな、14歳の女の子」

 

そこで事務員さんもちょっとだけ驚いた表情をした。ほぼちいちゃんのお話ししかしないぼくだからびっくりしてもらわないとぼくだって面白くない。

 

「まあ」と、ぼくは続けた。「めいっこだけどね。めいっこの14歳の誕生日で、プレゼントを一緒に選ぼうってことになって」

 

やっぱりね、という感じでぼくを見た事務員さんも続けた。「けど、係長。大丈夫ですか? 14歳の女の子と話が合うんですか」

 

「大丈夫だよ」かなり心配してくれている事務員さんにぼくは言った。「ちいちゃんも嫁も、ばあばも来るしね。ていうか、ばあばがちいちゃんを誘ってくれたんだけれどね」

 

事務員さんは珍しい生き物を見るようにぼくをじっと見て、やれやれといった感じで今度はため息を吐いた。「係長て、デートの意味ちゃんと分かってます?」

 

そりゃ、

 

分かってるよ。それはぼくなりの冗談なんだけど、ぼくの冗談っていつもなかなか通じない。

 

***

 

で、

 

デート。

 

待ち合わせ場所に、ばあばと一緒に来たきょうちゃんが手を振った。今年のお正月はタイミングが合わなくて会えなかったから、2年ぶりくらいに会ったきょうちゃんはとても大きくなっていてびっくりした。

 

きょうちゃんはきょうちゃんで、ちいちゃんおっきくなったねえと笑った。ちいちゃんはちょっと照れながら、なんだかもごもごとありがとうと答えた。

 

「きょうちゃんこそ」と、ぼくは言った。「大きくなって、もうきょうちゃんじゃなくて、きょうこさんだね」

 

「ぜんぜん、きょうちゃんでいいですよ」と、照れながら答えるきょうちゃんを見て、数年前のきょうちゃんとちいちゃんの後ろ姿を思い出した。

 

まだ幼稚園の年中くらいだったちいちゃんが手をつなごうって言ってつながったふたりの後ろ姿を、ぼくはいまでもよく覚えている。

 

お正月のよく晴れた空と張りつめた冷たい光のなかを歩いた川べりの道だ。あのときこのつながりをたいせつにしなくちゃいけないなって強く思ったのに、ぼくはその機会をほとんど作ってあげることができなかった。

 

それでもふたりは笑っている。どこにいこうか、もう目的のお店にいってしまっていいの? それじゃあ、そうしよう。そんなふうにとても自然な感じで。そしてそんな会話のあと、さっそく手をつないで歩き出した。

 

きょうちゃんが選んだ目的のお店はWEGOという、おおよそぼくのようなひとには縁が無さそうな中高生にぴったりな感じの洋服がいっぱいのお店。

 

なにがびっくりかというと店員さんのスカートが短すぎて、うーん、これでいいんだろうかって思ってしまった自分にだ。もちろんそんなこと口にはしなかったけれど、いつかちいちゃんがこんなスカートを着るようになったらと思うとちょっと複雑な心境になってしまった。けどまあ、きょうちゃんは短いスカートじゃなかったし。きっと大丈夫。何が大丈夫かよく分からないけれど、というかそんなことまで口出ししちゃいけないですね。

 

「パパもやっぱり中高生のころはこんなお店に来たの」そんなことを考えていたぼくに、ばあばはそんなことを聞いたので、いやーとぼくは笑いながら答えた。「ほら、ぼくはこんなだから、そのころからあんまり洋服とか興味なくて」

 

「そうなの」と、ばあばは言った。「やっぱり男の子ってそうなのね。うちのおにいちゃんもあんまり興味がなかったから」

 

でももったいないねと、ばあばは続けた。「パパはかっこいいのに」

 

「んー」と、ぼくは苦笑しながら答えた。「ぼくのことをかっこいいって言ってくれるのは、ちいちゃんとばあばだけですよ」

 

「えー」と、そんな会話を聞いたきょうちゃんがそこで会話に加わってくれた。「わたしもちいちゃんパパ、かっこいいに一票」

 

「うわ」と、ぼくは言った。「なんと、かっこいいって言ってくれるひとがひとり増えてしまった」

 

で、

 

みんなで妻を見ると、妻はそっぽを向いてしまった。場の空気を捉えたそれはとても素敵な反応だ。けど、ぼくはそれが本音だって知ってるぞ。でもみんな、なんか気を使ってもらってありがとう。みんなやさしいね。

 

毎年、きょうちゃんは誕生日にばあばとこんなふうに洋服を選んでプレゼントしてもらっているということなんだけれど、ぼくたち夫婦はこれまではプレゼントをおにいさんを通して渡してもらっていた。

 

けど、去年。

 

そんなふうにばあばとふたりでプレゼントを選んでいることを知ったちいちゃんが、わたしも行きたいと言って泣き出したらしく、だから今年はばあばがちいちゃんも誘ってくれて、それならぼくたちも一緒に行ってプレゼントを選んでもらっていいかどうかきょうちゃんに聞くと、きょうちゃんは快くオーケーしてくれた。

 

ばあばからきょうちゃんは洋服を選ぶのにものすごく時間がかかると聞いていたからちょっと覚悟して行ったのだけれど、気を使わせてしまったのかそんなこともなくごく短時間できょうちゃんは洋服を選んだ。

 

「ちいちゃんにね」と、きょうちゃんは言ってくれた。「今日は選んで欲しいんだよね」

 

もちろんちいちゃんはまだ小学2年生だから、中学2年生の女の子の服を選ぶのは難しいので大まかなイメージを伝えてから選んでもらったみたいだったけれど、そんなふうに言ってくれるのはとてもうれしいことで、きょうちゃんはとても素敵な成長をしているなあとぼくは思った。

 

ちいちゃんはちいちゃんで、きょうちゃんに会えることが決まってから「きょうちゃんの洋服をデザインしてあげるの」と言って、一生懸命に絵を描いていた。

 

数年前、まだ小さすぎてあまり成り立っていなかった会話も、いつのまにかずいぶんといい話し相手になっている。きょうちゃんもちいちゃんもひとりっ子だから、いつかふたりが悩みを語り合えるようなそんなふたりになれたならいいなと、そんなことをふたりを見ながら思った。

 

「ちいちゃんパパには、これをお願いします」

 

そう言ってきょうちゃんが選んだのは控えめな銀色のウエストポーチみたいなバッグだった。ばあばからはシンプルな黒いジャケットをプレゼントしてもらうことにしたようで、ぼくたちからはそのバッグということになった。どうやらきょうちゃんはけっこうシンプルなものが好みみたいだ。

 

「それじゃさ」と、ぼくはきょうちゃんに言った。きょうちゃんたちが選んでいるあいだにぼくもちょっと見てまわってきょうちゃんとちいちゃんにおそろいで買ってあげたいものを見つけていた。「このなかからさ、きょうちゃんとちいちゃんでおそろいのものを選んでくれないかな」

 

レジの近くによく置いてあるような安価なメッキもののネックレスで、ちいちゃんはきょうちゃんとおそろいのものを持っていたら喜ぶんじゃないかと思ってお願いした。きょうちゃんには物足りないものかもしれないけど、でもきょうちゃんは嫌な顔もせず選んでくれた。

 

ちいちゃんが好きそうな星形のネックレス。色違いで選んでくれた。銀色がきょうちゃんで、金色がちいちゃん。

 

それからは、食事をして(ばあばにごちそうしてもらってしまった)、少しゲームセンターに行ってクレーンゲームをして、別れ際にちいちゃんはきょうちゃんのために描いた絵を渡していた。

 

「ありがとう」と、きょうちゃんが言った。

 

「うまく描けなくてごめんね」と、ちいちゃんが言った。するときょうちゃんはちいちゃんをぎゅっと抱きしめて、大丈夫だよって言った。

 

次に、

 

ふたりが会えるとしたら来年のお正月だろうか。できるなら来年はうまくタイミングを合わせてきょうちゃんとちいちゃんが会えるようにしてあげられたならいいなと思う。

 

またふたりが、川べりの道を手をつないで歩く後ろ姿を見られたならいいなってそんなことをぼくは思った。

 

 

 

スティッチ

午前4時。

 

ここのところ4時半には起きて、朝の仕度をする。いつからか妻がときどき腕が痺れるというようになって、以来なるべく負担を減らすように洗濯物も干してから会社に行くようにしているから自然ちょっと早く起きるようになった。

 

病院に通っても妻の症状の原因は結局分からなくて、いまは頻繁に症状が出ているわけではないけれど、それが習慣になってしばらく経つ。

 

といってもちろん外に出して干しておくことはできないから、室内用の物干しに洗濯物を干しておいてあとは外に出すだけという状態にしておく。雨の日は除湿機をかけておく。

 

だからいつもより少し早く起きた今日は朝の支度を始めるまでまだ少し時間があって、なんとはなしに文章を書いている。そんな気分になったのは多分今日がちいちゃんの運動会だからだ。

 

運動会はほんとは先週の土曜日に行われるはずだったけれど、台風の影響で延期になって今日になった。土曜日ならパパでも観に行けた運動会も、平日となるとなかなかそうもいかない。そうもいかないこともないのかもしれないけれど、月初めに仕事を抜けるというのはそれなりに大変だったりもするわけで。結局ぼくは休みも外出も、届けは出さなかった。

 

「えー、嫌だよ」と、昨日一緒に入ったお風呂で運動会には行けないことを伝えると、ちいちゃんはそう言ってくれた。

 

「淋しいよ」

 

もう、

 

それだけでぼくは十分。もちろん、運動会でがんばるちいちゃんの姿を見ることができないことは淋しいけれど、でもちいちゃんも淋しいって言ってくれたから。

 

「ごめんね、ちいちゃん」と、ぼくは言った。「パパもさ、行けなくてすごく淋しいよ」

 

きっと、もっとしっかりしたパパならちゃんと時間を作って、平日だって運動会を観に行けるのだろう。でもぼくは仕事の量だけじゃなくからみついたいろいろなしがらみを断ち切れずに、ちいちゃんにごめんねと言うことしかできない。

 

「それじゃさ」と、ちいちゃんが言った。「明日、パパが帰ってきたらスティッチを踊るよ」

 

今年、ちいちゃんたちはみんなでスティッチの曲に合わせてダンスを踊る。もうずいぶんと前からちいちゃんは歌いながらダンスの練習をしていて、ぼくはそのキュートなダンスを観ることをとてもとても楽しみにしていた。

 

「前から思ってたけど」と、ぼくは言った。「ちいちゃんてさ、すごくやさしいよね」

 

「なにそれ」と、ちいちゃんは言った。「親バカ?」

 

「ちがうよ」と、ぼくは言った。「すごくさ、パパは幸せだなあって思ったってこと。それだけ」

 

あと1時間もすれば外も明るくなりだすだろうか。天気予報によれば今日は運動会日和らしい。ぼくは銀行に行かなければいけないから、外回りのあいだちょっと空を見上げて想像してみよう。

 

きっと想像のなかで一生懸命なちいちゃんの姿が見えるはずで、だからちょっと離れた場所からだけれど、ぼくも一生懸命応援しようかと思う。

 

「がんばれ」

 

って、心のなかで呟いてみよう。ちいちゃんの、素敵な思い出になるように空にそっとお願いしてみようと思う。

 

 

 

スピッツ

大分、涼しくなってきたので、ここのところちいちゃんは自転車の練習に励んでいる。といっても最近ぼくが休日も出勤になることが多いので週に1回、それほど長くもない短い時間だけど。

 

補助輪を取ったのが去年の年末頃で、それからちょっとずつ練習はしていたのだけれど、パパの教え方が上手くないのか、ちいちゃんの苦手意識が強すぎるのか、なかなか上達しないでいた。

 

けどここのところなんだかとてもいい調子で、もちろんぼくが自転車を支えたままだけれどちいちゃんの漕ぐ自転車がずいぶんと安定してきた。右足で蹴りはじめて左足をペダルに載せる動作もスムーズになってきて、苦手だった漕ぎ出しもマスターしつつあるみたい。

 

漕いでるあいだ、このまま手離しちゃっても大丈夫なんじゃないかななんて思ったりもするんだけれど、そんなぼくの気持ちが伝わるのか、前を向いたまま漕ぎ続けながら、「パパ、絶対離しちゃダメだからね」と、ちいちゃんは言った。

 

でもさ、

ちいちゃん。

 

きみはもう大丈夫。苦手だった自転車もじきにできるようになって、それはなんだかぼくにはまぶしいくらいに素敵なことだなって思う。

 

***

 

ごっこ遊びをしているときのちいちゃんは、ぐるぐるいろんな表情を見せてくれて面白い。歌を歌い出したり、踊り出したり。最近、特にすごいなあと思っているのは、キャラクターの声で、ちょっとした声優さんばりにいろいろなキャラクターを演じ分ける。

 

「ちいちゃんてさ」と、ぼくは言ってみたことがある。「声優さんとかになったらいいかもね。なかなかそんなにいろいろな声、出せないよ」

 

「そうかな」と、ちいちゃんは言った。「でもさ、パパもなかなかのものだと思うよ」

 

「ん」

 

プリキュアもそうだし」と、ちいちゃんは続けた。「仮面ライダー、パトレンジャー、スレイヤーズ、アドベンチャータイム、ミッキー、人形遊びのときさ、なんでもやってくれるもんね。わたしがね、好きなのはね、怒ったドナルドと、あとかっこつけすぎなピッツァ・スティーブかな。あんまり似てないけど」

 

あんまり似てないけど、と言われるとあんまりうれしくないけれど、というかぼくはどれだけごっこ遊びに付き合ってるんだろう。でも多分ちいちゃんは褒め言葉として言っているから、素直にありがとう、とぼくは言った。

 

「でもね」と、ぼくは続けた。「そういうのとちょっと違うんだ。パパはちいちゃんが喜びそうな話し方は分かってるからさ。ちいちゃんに面白いって思ってもらえるような話し方はできるんだけど、みんなが面白いって思ってくれるわけじゃない。けど、ちいちゃんのはさ。それとは違ってね。なんか素敵なんだよね、似ているっていうんじゃなくてオリジナルでそんな声のキャラクターでもいいんじゃないかって思わされちゃうんだ」

 

ぼくは小学2年生の女の子相手になんて理屈っぽい話をしているんだろう。でもちいちゃんはおおまか分かってくれたみたいで、ありがとうと言った。

 

「でも、わたしの夢はデザイナーなんだけどね」と、ちいちゃんは言った。「素敵なドレスとか好きだし」

 

「そうだよね」と、ぼくは言った。「知ってる。ひとりの時、よくノートにドレスの絵を描いてるもんね」

 

「あんまりうまくないけど」

 

「そんなことないと思うよ」と、ぼくは言った。「すごく上手に描けてる」

 

「親バカだなあ」と、ちいちゃんは笑った。そしてぼくを見て言った。「パパはさ、夢はなんなの」

 

「ん」

 

なんだかそんなことを聞かれるとちょっと戸惑ってしまう。いまこの歳になって夢っていったいなんなんだろう。家族を幸せにしたいし、まあ、仕事もがんばりたい。誰かの役に立ちたいし、助けてあげたいとも思う。でもそれって夢とは言わないと思うし。

 

「なんだろうなあ」と、ぼくはしばらく考えて呟いた。するとちいちゃんはなんだかいたずらっぽく笑いながらパパはさ、あれだよねと言った。

 

「パパはさ、あれだよね。スピッツ

 

スピッツ?」

 

「そうスピッツになるのが夢でしょ」

 

ぼくは思わず笑ってしまった。「それってスピッツの一員になるってこと?」

 

「うん」

 

ぼくはなんだか、多分ほんとうに久しぶりに大きな声で笑ってしまった。「いや、それほんと叶ったらうれしいかも」

 

「でしょ」と、ちいちゃん。

 

「けどさ」と、ぼくは続けた。「パパってさ、音痴だし、楽器もできないよ。それでスピッツになれるかな」

 

「大丈夫だよ」と、ちいちゃんは言った。「エレクトーンはわたしが教えてあげられるし、そうだ。ピアノはママが教えてあげられるよ」

 

「うわ」と、ぼくは言った。「それはとてもうれしいけど、果てしなく遠い道のりだね」

 

「大丈夫だよ」と、ちいちゃんは自信満々に言った。「信じていればできないことはないって、いつもパパ言ってるし」

 

まあ、

 

たしかにね。

 

***

 

それはただの笑い話だけれど、そんなことがあってから少しぼくも考えるようになった。ぼくはもう40過ぎのおじさんだし、誰かに誇れる特技もないけれど、でもぼくだってもっと真摯に何かを追い求めるべきなのかもしれない。

 

醒めない。

 

ぼくにはいままでそういう出会いがなかったと思ってきた。でもほんとうはぼくが追い求めなかっただけなのかもしれない。

 

どちらにしても手の届かないものかもしれないけれど、でもだからって別に諦めることなんてなかったのだ。40過ぎのおじさんもまだ、できないことができるようになることだってあるかもしれない。

 

ぼくが、また小説を読むようになったのはそんなことがあってからで、いつかまた機会があったらちいちゃんに言ってみようと思っている。

 

パパの夢はね、小説家になることなんだ。