雪の夜に
昨日、関東地方は大雪。
普段、雪に慣れていないので多分たくさんのひとがこの大雪に難儀したんじゃないかと思うのけれど、残念ながらぼくもそのひとり。
けど、幸い先週天気予報は大雪を予想していたのでかろうじて車のタイヤをスタッドレスに履き替えておいたから最悪の事態は免れたのかもしれない。
朝からのどんよりとした空模様は、それでも午前中それほどの降りでもなくこのままたいしたことなく過ぎてくれればという願いは届かず、午後から予報通りの大雪。会社でも早々に帰宅指示が出て、いつもの倍以上の時間はかかったけれどいつもの帰宅時間よりはずっと早い6時ごろには自宅に帰り着いた。
早くは帰れたけれど、路地の奥にある我が家の周りにはかなりの雪がすでに積もっていて、大げさじゃなくもうちょっと遅かったら雪かきしてからじゃないと車庫入れできなかったかもしれないような状態だった。
大人にはこんなふうに難儀な大雪だけれど、ちいちゃんには楽しいできごとで妻から送られてきたメールには楽しげに雪だるまをつくるちいちゃん。いったいいつからぼくはこんなふうに雪を楽しめなくなっちゃったんだろうな。
と、思いつつも、
「でもさ。実際、怖いのさ。この雪のなか運転して帰るのって」なんて、ひとり車のなかで呟いた。
早く帰れたのはうれしいけれど、車庫の周りはかなりの雪。ちいちゃんは雪遊びの疲れかこたつで寝ちゃっていたこともあってすぐに雪かきをしておくことに。今日は早く帰れたけれど結局明日も早くに出勤することになるし、予報だと夜中のうちに雪はやみそうなので夜のうちに少しでもできることはしておきたい、ということで。
さて、
いつも平日はひとりで食べることが多い夕食も今日は特別。なんとかちいちゃんも起こしてめずらしく三人で夕食を食べることができた。
冷えた身体に暖かいおみそ汁がおいしかった。それをみんなで食べられるのがなんとはなしにうれしいもので。ちいちゃんはめずらしく平日にパパがいるので甘えちゃってパパ食べさせてなんていうので、親バカなパパがそのまま甘やかしちゃったらママにはね、怒られちゃったけれど、そんなことを差し引いてもしあわせな夜で。
こんなふうに非日常がしあわせを呼ぶこともあるものなんだなあとそんなことを雪の夜に思った。
***
そんな雪の夜に、テレビで盲目のピアニスト辻井伸行さんが紹介されていた。ご覧になった方も多いかもしれないけれど、それは親の決断が子どもの運命を変えるということに注目した番組だった。
目が見えないというハンデを背負った子どもに親ができることはなんなのか?
非常に考えさせられるものがあった。ぼくにはとても彼のお母さんのような判断はできない気がした。環境の違いもあるから一概には言えないけれど、たとえばもし同じ環境にいたとしてぼくに同じような行動はきっとできなかったにちがいない。
ぼくはちいちゃんにたくさんの可能性をみせてあげられているのだろうか?
たくさんの選択肢をみせてあげられているのだろうか?
正直なところ、首をかしげてしまう。けれどちいちゃんはそんなことを思うぼくをよそに、まだ2歳の彼がお母さんの歌声に合わせて楽しげにおもちゃのピアノを弾く姿をみてエレクトーンを弾きだした。
答えなんてないのかもしれない。
そんなちいちゃんを見て、ぼくはそんなことを思った。少なくともちいちゃんはちいちゃんの全力で、成長をしている。ぼくにできることはそんなちいちゃんに寄り添ってあげることだけなのかもしれない。
個人の能力を比べても仕方がない。たしかにぼくが彼のお母さんのようであれたなら、ちいちゃんにはもっといろいろな可能性があったかも分からない。
でも、
ぼくはぼくでしかない。ぼくはぼくの全力でちいちゃんに寄り添っていくだけしかできない。もちろん努力をしたいし、ちいちゃんにたくさんの可能性をみせてあげたいと思う。あげたいだけじゃなんの役にもたたないかもしれないけれど、ぼくにできることはそんなことくらいしかない。そしてちいちゃんは、そんな臆病なぼくなんかお構いなしに成長しているのだ。
ぼくはなんて素敵な娘を持ったのだろう。あれこれ考えすぎるぼくなんかよりも、ちいちゃんはずっとずっとしっかりしている。
だから、
ちいちゃん。
40年ほども生きてきていまさらだけど、ぼくもちいちゃんといっしょにがんばりたいと思う。でも、こんなぼくだからきっといつでも満点の判断なんてことはとてもできないかもしれない。そんなときは遠慮なく言い返して欲しい。
ぼくもいっしょに考えていきたいと思うから。
***
関東に4年ぶりに降る大雪は9時過ぎには雨に変わって、ぼくはもう一度雪かきを始めた。お風呂に入る前にもう一度車庫の周りをきれいにしておきたいと思ったから。そうすればすでにぼくはいないであろう明日の朝、ちいちゃんも少しは危なくないだろうし、妻の苦労も少しは減るかもしれない。そんなふうに小雨のなか雪かきをしていると、なんだか背中に雪のたまが飛んできた。
「ん」と言って振り返ると、してやったりの顔で完全防備のちいちゃんが笑っている。ぼくはびっくりして言った。「ちょっと、風邪ひいちゃうよ。ていうかすでに咳っこなんだから」
「ママにいいって言われたもんね」そう言ってさらに雪のたまをぼくに投げつける。心配性のぼくはそれでもまだ説得を試みる。
「だから駄目だって。明日、学校行けなくなっちゃうよ」
「大丈夫だよ」
「なんでそんなこと分かるのさ」
「ん」と、ちいちゃんはちょっと考えてから言った。「なんとなく?」
「んー」と、ぼくはうなって、それじゃ仕方ないと言ってちいちゃんに優しく雪だまをぶつけた。
「あー、やったなー」
夜も9時過ぎにそんなバカみたいな雪合戦を繰り広げて(ほんのちょっとだけど)、でもぼくはそれがけっこううれしかった。ちいちゃんが来てくれたことが、とてもとてもうれしかった。
「ねえ、パパ」と、ちいちゃんが言った。「きれいな真っ白の雪に足跡をつけようよ」
「それはさ」と、ぼくは言った。「明日、おともだちといっしょにやんなよ」
きっと、真っ白に積もった雪にちいちゃんとふたり足跡をつけたら楽しいだろうけれど、そこにあたらしい足跡をつけるのはちいちゃんにこそふさわしい。
「明日、きっといい天気になるよ」
ぼくはまだ遊びたがるちいちゃんを抱っこして玄関に戻りながら、そんなことを呟いた。