デート
「今度の土曜日、デートなんだ」と、ちょっと誇らしげに会社の事務員さんにぼくが言うと、事務員さんはやれやれといった感じでちいちゃんとですか、と答えた。事務員さんは会社の納涼祭にも来たことのあるちいちゃんのことをよく知っている。
「それがね」と、さらにぼくは言った。「違うんだな、14歳の女の子」
そこで事務員さんもちょっとだけ驚いた表情をした。ほぼちいちゃんのお話ししかしないぼくだからびっくりしてもらわないとぼくだって面白くない。
「まあ」と、ぼくは続けた。「めいっこだけどね。めいっこの14歳の誕生日で、プレゼントを一緒に選ぼうってことになって」
やっぱりね、という感じでぼくを見た事務員さんも続けた。「けど、係長。大丈夫ですか? 14歳の女の子と話が合うんですか」
「大丈夫だよ」かなり心配してくれている事務員さんにぼくは言った。「ちいちゃんも嫁も、ばあばも来るしね。ていうか、ばあばがちいちゃんを誘ってくれたんだけれどね」
事務員さんは珍しい生き物を見るようにぼくをじっと見て、やれやれといった感じで今度はため息を吐いた。「係長て、デートの意味ちゃんと分かってます?」
そりゃ、
分かってるよ。それはぼくなりの冗談なんだけど、ぼくの冗談っていつもなかなか通じない。
***
で、
デート。
待ち合わせ場所に、ばあばと一緒に来たきょうちゃんが手を振った。今年のお正月はタイミングが合わなくて会えなかったから、2年ぶりくらいに会ったきょうちゃんはとても大きくなっていてびっくりした。
きょうちゃんはきょうちゃんで、ちいちゃんおっきくなったねえと笑った。ちいちゃんはちょっと照れながら、なんだかもごもごとありがとうと答えた。
「きょうちゃんこそ」と、ぼくは言った。「大きくなって、もうきょうちゃんじゃなくて、きょうこさんだね」
「ぜんぜん、きょうちゃんでいいですよ」と、照れながら答えるきょうちゃんを見て、数年前のきょうちゃんとちいちゃんの後ろ姿を思い出した。
まだ幼稚園の年中くらいだったちいちゃんが手をつなごうって言ってつながったふたりの後ろ姿を、ぼくはいまでもよく覚えている。
お正月のよく晴れた空と張りつめた冷たい光のなかを歩いた川べりの道だ。あのときこのつながりをたいせつにしなくちゃいけないなって強く思ったのに、ぼくはその機会をほとんど作ってあげることができなかった。
それでもふたりは笑っている。どこにいこうか、もう目的のお店にいってしまっていいの? それじゃあ、そうしよう。そんなふうにとても自然な感じで。そしてそんな会話のあと、さっそく手をつないで歩き出した。
きょうちゃんが選んだ目的のお店はWEGOという、おおよそぼくのようなひとには縁が無さそうな中高生にぴったりな感じの洋服がいっぱいのお店。
なにがびっくりかというと店員さんのスカートが短すぎて、うーん、これでいいんだろうかって思ってしまった自分にだ。もちろんそんなこと口にはしなかったけれど、いつかちいちゃんがこんなスカートを着るようになったらと思うとちょっと複雑な心境になってしまった。けどまあ、きょうちゃんは短いスカートじゃなかったし。きっと大丈夫。何が大丈夫かよく分からないけれど、というかそんなことまで口出ししちゃいけないですね。
「パパもやっぱり中高生のころはこんなお店に来たの」そんなことを考えていたぼくに、ばあばはそんなことを聞いたので、いやーとぼくは笑いながら答えた。「ほら、ぼくはこんなだから、そのころからあんまり洋服とか興味なくて」
「そうなの」と、ばあばは言った。「やっぱり男の子ってそうなのね。うちのおにいちゃんもあんまり興味がなかったから」
でももったいないねと、ばあばは続けた。「パパはかっこいいのに」
「んー」と、ぼくは苦笑しながら答えた。「ぼくのことをかっこいいって言ってくれるのは、ちいちゃんとばあばだけですよ」
「えー」と、そんな会話を聞いたきょうちゃんがそこで会話に加わってくれた。「わたしもちいちゃんパパ、かっこいいに一票」
「うわ」と、ぼくは言った。「なんと、かっこいいって言ってくれるひとがひとり増えてしまった」
で、
みんなで妻を見ると、妻はそっぽを向いてしまった。場の空気を捉えたそれはとても素敵な反応だ。けど、ぼくはそれが本音だって知ってるぞ。でもみんな、なんか気を使ってもらってありがとう。みんなやさしいね。
毎年、きょうちゃんは誕生日にばあばとこんなふうに洋服を選んでプレゼントしてもらっているということなんだけれど、ぼくたち夫婦はこれまではプレゼントをおにいさんを通して渡してもらっていた。
けど、去年。
そんなふうにばあばとふたりでプレゼントを選んでいることを知ったちいちゃんが、わたしも行きたいと言って泣き出したらしく、だから今年はばあばがちいちゃんも誘ってくれて、それならぼくたちも一緒に行ってプレゼントを選んでもらっていいかどうかきょうちゃんに聞くと、きょうちゃんは快くオーケーしてくれた。
ばあばからきょうちゃんは洋服を選ぶのにものすごく時間がかかると聞いていたからちょっと覚悟して行ったのだけれど、気を使わせてしまったのかそんなこともなくごく短時間できょうちゃんは洋服を選んだ。
「ちいちゃんにね」と、きょうちゃんは言ってくれた。「今日は選んで欲しいんだよね」
もちろんちいちゃんはまだ小学2年生だから、中学2年生の女の子の服を選ぶのは難しいので大まかなイメージを伝えてから選んでもらったみたいだったけれど、そんなふうに言ってくれるのはとてもうれしいことで、きょうちゃんはとても素敵な成長をしているなあとぼくは思った。
ちいちゃんはちいちゃんで、きょうちゃんに会えることが決まってから「きょうちゃんの洋服をデザインしてあげるの」と言って、一生懸命に絵を描いていた。
数年前、まだ小さすぎてあまり成り立っていなかった会話も、いつのまにかずいぶんといい話し相手になっている。きょうちゃんもちいちゃんもひとりっ子だから、いつかふたりが悩みを語り合えるようなそんなふたりになれたならいいなと、そんなことをふたりを見ながら思った。
「ちいちゃんパパには、これをお願いします」
そう言ってきょうちゃんが選んだのは控えめな銀色のウエストポーチみたいなバッグだった。ばあばからはシンプルな黒いジャケットをプレゼントしてもらうことにしたようで、ぼくたちからはそのバッグということになった。どうやらきょうちゃんはけっこうシンプルなものが好みみたいだ。
「それじゃさ」と、ぼくはきょうちゃんに言った。きょうちゃんたちが選んでいるあいだにぼくもちょっと見てまわってきょうちゃんとちいちゃんにおそろいで買ってあげたいものを見つけていた。「このなかからさ、きょうちゃんとちいちゃんでおそろいのものを選んでくれないかな」
レジの近くによく置いてあるような安価なメッキもののネックレスで、ちいちゃんはきょうちゃんとおそろいのものを持っていたら喜ぶんじゃないかと思ってお願いした。きょうちゃんには物足りないものかもしれないけど、でもきょうちゃんは嫌な顔もせず選んでくれた。
ちいちゃんが好きそうな星形のネックレス。色違いで選んでくれた。銀色がきょうちゃんで、金色がちいちゃん。
それからは、食事をして(ばあばにごちそうしてもらってしまった)、少しゲームセンターに行ってクレーンゲームをして、別れ際にちいちゃんはきょうちゃんのために描いた絵を渡していた。
「ありがとう」と、きょうちゃんが言った。
「うまく描けなくてごめんね」と、ちいちゃんが言った。するときょうちゃんはちいちゃんをぎゅっと抱きしめて、大丈夫だよって言った。
次に、
ふたりが会えるとしたら来年のお正月だろうか。できるなら来年はうまくタイミングを合わせてきょうちゃんとちいちゃんが会えるようにしてあげられたならいいなと思う。
またふたりが、川べりの道を手をつないで歩く後ろ姿を見られたならいいなってそんなことをぼくは思った。