ちいちゃんパパのブログ

日々の、あることないこと。なんて、ほんとはちがう目的だったんですけど。まあ。いろいろ

テクテク

ちいちゃんは大きくなって、他の人から見れば小学5年生になった彼女はもうちいちゃんではないかもしれない。

 

先日、学校でキャンプがあって少しかたちを変えてしまった世界の中で本当に久しぶりの本格的な校外活動だったのだけれど、妻が見せてくれたそのときの写真を見てぼくは改めて、もうちいちゃんじゃなくなってしまっていたんだなと実感したのだ。

 

でも、もちろんぼくからすればちいちゃんはいつまでもちいちゃんのままでいつでもぼくのいちばん深いところにあって、だからふとしたときに心に浮かぶのはきみの姿だったりするし、それがどんなに成長した姿だったとしても、きみはぼくにはちいちゃんのまま存在している。

 

 

仕事でちょっとした用事があって、会社から伊勢原まで246を車で走った。用事はたいしたものではなくて、だからすぐに同じ道を会社へと戻った。

 

季節は晩秋で、歩道を落ち葉が風に舞っていた。昨日までの寒さがうそみたいに暖かい日差しの中で、多分もうひとりお腹にこどもを宿したお母さんが、ベージュ色の暖かそうなダウンに赤い毛糸の帽子をかぶった可愛らしい小さな男の子と一緒に歩道を歩いていた。

 

信号待ちで、ぼくは見るともなしにそんな親子の様子を眺めていた。不意に男の子がテクテク、トコトコと駆け出して、お母さんはゆっくりと男の子を追いかける。お母さんが声をかけて、男の子が振り返る。追いついたお母さんが手を差し出すと男の子は素敵な笑顔でその手をつないでふたり並んで歩きだした。

 

別になんてことのない出来事なのだ。身重のママが、もうひとりのこどもと手をつないで歩いていただけのことで、でも晩秋の暖かな午後、落ち葉が風に舞う歩道をふたりが歩くその風景は、ぼくにとって何かを思い出させる100パーセント完璧な風景だった。

 

ちいちゃんもそんなふうにテクテクと歩いていたなとぼくは思った。ほんの7年か8年前、そのころ住んでいたアパートの近くの大きな公園で、テクテクと歩くちいちゃんの後ろ姿をぼくはよく眺めていた。あんなに小さかったのに彼女はまるで体力おばけで、いつまでたっても帰ろうとしなかった。

 

テクテク、トコトコ、彼女はいつまでも覚束なげに歩き回った。ぼくが声をかけて振り向いた彼女がニコッと笑う。ぼくが差し出した手を彼女が強く握って、ぼくたちは手をつないで歩きだす。

 

そうだ。そういえばあのころぼくは彼女のことを「トコちゃん」って呼んでいたのだ。テクテク、トコトコ歩くトコちゃん。

 

「テクちゃんじゃだめかな」と、最初ぼくが言うと、妻は男の子みたいと言った。じゃあ、トコちゃんだねとぼくが言うと、それならいいねと彼女は笑った。

 

遠い昔の、幸せな神話。でもそんな結局たいして違いのない呼び方だけで、ぼくたちは優しくなれたのも確かだった。

 

テクテク、トコトコ歩く後ろ姿に、「トコちゃん」とぼくが呼びかける。振り返る彼女がニコッと笑う。天使の笑顔だ、バカみたいに半ば本気でぼくは思う。

 

晩秋、落ち葉が風に舞う暖かな午後に歩道を手をつないで歩く親子を眺めながらぼくはそんなことを思った。信号が青に変わりぼくはアクセルを踏み込む。

 

 

キャンプをとても楽しみにしていたちいちゃんは、とてもうれしそうな笑顔で帰ってきた。バスの中ではろくに話すこともできず、夕食はご飯だけ炊いてレトルトカレーだったり、とても本来の姿には程遠いにしても、とてもうれしそうにちいちゃんはキャンプの様子を話してくれた。

 

いつかきっと、ぼくはまた何かの折に思い出すのだろうな。ちょっとした出来事をきっかけにちょっとした出来事を。でもそれは他のどんなものよりも、いまぼくには貴いものに思える。