夏になったらアイスをつくろう
日曜日、ここのところなんだかんだと休日も仕事が続いているぼくが帰るとちいちゃんはかけよってきて言った。
「パパにはこれだよ」
そしてちいちゃんが渡してくれたのは、「ルルとララのアイスクリーム」という児童書。ルルとララのおかしやさんシリーズは、ちいちゃんが小学生になって出会った児童書で、かえでの森にかこまれたメープル通りで小学生のルルとララが営む小さなおかしやさんには森の動物たちが訪れて、、、という物語。
やさしく動物たちに寄り添うその物語と、とてもかわいらしい装丁のその本をちいちゃんはとても気に入っているし、ぼくはぼくでこどもでも作りやすいようにかわいらしく、分かりやすく描かれたレシピがとても好きで、そんなお菓子をちいちゃんと作ることをとても楽しみにしているのです。
だからかな、組合のイベントのお手伝いで日曜日も出勤となったぼくがいない間、ばあばの家からの帰り、図書館でひととき過ごしたちいちゃんは、自分の読みたい本だけじゃなくてぼくの分まで借りてきてくれたわけです。
「だって」と、ちいちゃんは言いました。「パパって、お菓子作りが大好きでしょう。だからね、借りてきたんだよ。今度、一緒に作ろうね」
組合のイベントは市民ふれあいマーケットというフリーマーケットの一角で行う古本販売で、ぼくは売り場の設営と販売のお手伝いをした。こういうイベントは普段は事務所内で黙々と仕事をするぼくにとっては組合員や市民のかたとそれこそふれあえる貴重な機会だし、実際楽しいのだけれど、でもやっぱりせっかくの休みにちいちゃんと過ごせないのは淋しくもあるわけで。
だから、
ちいちゃん。
ちいちゃんが一緒にいないぼくのために本を選んでくれたことが、ぼくはとてもとてもうれしかったんだよ。そんなふうに一緒にいない誰かのことを思いやってあげられるこころやさしいちいちゃんがパパはいつでも大好きだよ。
***
さて、
ちいちゃんが選んでくれた「ルルとララのアイスクリーム」は、とてもこころあたたまる、やさしい物語でした。
ここのところ普段も帰りの遅い日が多くなっていて、そうするといままでのように夕食後に食器類の洗い物をして、妻がお風呂に入っているあいだごっこ遊びをして、そして一緒にお風呂に入って、寝室へ。
という流れだと、ちいちゃんの寝る時間がかなり遅くなってしまう。なので、そんな日は洗い物は後回しにしてちいちゃんを先に寝かしつけてから、洗い物をするわけなのですが、洗い物が終わったころにはなんだか目が冴えちゃって眠れなくなってしまったりするのです。
で、
そんな夜はぼくの密かな読書タイム。
といっても、それなりにいい年なのであんまり無理もできないから、読むのはだいたいちいちゃんが借りてきた本。ある程度の時間になったら目が冴えていようがいまいが無理やり寝ます。だって、身体は正直でもうちょっと若い頃みたいにはすぐに疲れは抜けなかったりするのです。
はい。
それで、
「ルルとララのアイスクリーム」はそんな夜に読み終わりました。
それはとても暑い夏の日、小学生のルルとララには重たい材料運びを手伝ってくれたアライグマに大好きなクッキーでお礼をしようとすると、
「これはぼくからのお礼なんだ」と、アライグマは言いました。だからお礼は受け取れないと。そして見せてくれたのは「お礼リレー」の手紙。それは自分へのお礼は私じゃない誰かに受け取ってもらってください、という内容の手紙だったのです。
そんな手紙を読んでルルとララはとてもうれしくなります。そして実はその手紙の始まりはルルとララにお菓子作りを教えてくれるおとなりのパン屋さん、シュガーおばさんで、ルルとララは森のみんなと、そしてシュガーおばさんにお菓子のお礼をしたいと考えました。
でも、暑い夏のこと、夏バテ気味の森の動物たちはあんまり食欲がありません。そこでシュガーおばさんが教えてくれたのが、アイスクリーム。そしてあまりの暑さにゆきだるまにかじりつきたいくらい、なんて言うシュガーおばさんに、ルルとララはとても素敵なお礼をするのです。
自分じゃない誰かへのやさしさが、巡りめぐって自分に帰ってくるというのはありふれたストーリーかもしれないけれど、それがとても自然に、決して押しつけることなく描かれていてうれしくなる。
ねえ、
ちいちゃん。
きっと押しつけがましいやさしさや、強制的なやさしさなんかいらないんだね。
ちいちゃんがぼくにも本を借りてきてくれたようなやさしさこそ、きっとたいせつなんだと思う。だから、ぼくはこんなにうれしくて、そんなちいちゃんからとてもたいせつなことを学んだ気がするし、そんなやさしいちいちゃんを誰よりも誇りに思うんだよ。
素敵な本を借りてきてくれてありがとう。パパのこと、思い出してくれてありがとう。
***
恥ずかしながら、ぼくはこの本でアイスクリームの作り方を初めて知った。なんだか勝手に難しく思っていたけど、けっこう簡単。
材料は生クリーム100グラム、牛乳200グラム、卵の黄身2個、砂糖(グラニュー糖)45グラム、バニラエッセンス少量。
作り方はまず生クリームをつのが立つくらいまで泡立て、冷蔵庫で冷やしておく。
ボウルに卵の黄身と砂糖を加えて白っぽくなるまで混ぜ、そこに電子レンジで2分30秒ほど温めた牛乳を加えて砂糖がとけるまで混ぜる。
それを電子レンジでさらに2分温めてあみで濾し、氷水で冷やしながら2~3分ほど泡立て、冷やしておいた生クリーム、バニラエッセンスを少量加えてなめらかになるまで混ぜる。これをタッパーやカップに入れて冷凍庫で4~5時間冷やしたら完成。
簡単でしょ。
だからさ、
ちいちゃん。
まだちょっと、アイスって時期じゃないけれど、夏になったらアイスをつくろう! ちいちゃんのやさしさのいっぱいつまったアイスクリームをたくさんつくろう。
小さな生き物
先週末は天気が良かったし、年明けから長く続いたちいちゃんと妻の体調不良も回復してきたしということで、どこか外におでかけに行きたいなあと考えていたのだけど、
「松田山あたりに河津桜を見に行かない?」と、ぼくが聞くと、「カワヅザクラってなに?」と、ちいちゃん。
「そうだなあ。幼稚園とか小学校で咲いてたさくらは分かるでしょ」
「うん」
「うん、そのいつものさくらよりちょっと早く咲くさくらのこと」
「じゃあ、学校に咲いてるようなさくらを見に行くの?」
「うん。正確に言うとちょっと違うんだけど、もっとたくさん咲いているしね。けど、まあ、そんなものかな。なんかイベントもやっているみたいだよ」
「そっかあ」と、ちいちゃん。「楽しそうだけど、わたし、花粉症だから行きたくないな」
「そっか」と、ぼく。「じゃあ、平塚あたりにイチゴ狩りとかは、どう?」
「やっぱり、わたし花粉症だからお外には行きたくないの」
なるほど。
花粉症で鼻はぐしゅぐしゅ、目はしょぼしょぼ、目と鼻のまわりはこすりすぎで腫れちゃってるちいちゃんは外にはできるだけ行きたくないみたい。
はい。
それって、ぼくのせいかもしれないです。
ぼくは昔からアレルギー体質で、スギの花粉症は特にひどい。ぼくがそうなんだから娘のちいちゃんだって花粉症なのも仕方がないのかもしれない。たしかに最近のちいちゃんは目も鼻もとてもつらそうで。けれど、お医者さんは行きたくないっていうし、とりあえず薬局で子供用の抗アレルギー目薬があったからそれでしのいでおくしかないのかな。
そんなわけで、
土曜日はお外はあきらめて、ひさしぶりにカラオケへ。そして日曜日には映画を観に行くことになりました。
カラオケをしているとき、公開したばかりのドラえもんの映画の宣伝が何度も流れていて、それを見ていたちいちゃんは星野源さんの主題歌を歌い出しました。
どどどどどどどどどど、ドラえもん・・・。
はじめて聴いた歌をめちゃくちゃな音程で家族で熱唱。ほんと、ひとさまには見せられないなあ。でも、はじめてでもなんでも耳に残る素敵な歌を作る星野源さんってすごいひとだ。「ドラえもん」ってタイトルをつけちゃうっていうのもすごいことだと思うし。
で、
映画も観たくなっちゃったちいちゃんは、「ねえ、パパ」と言ったわけです。
「明日はさ、ドラえもんを観に行こうよ」
ということで観に行ったのが、3日に公開したばかりの「映画 ドラえもん のび太の宝島」。
スティーヴンソンの小説「宝島」のストーリーを知ったのび太くんは冒険の旅に出たくなります。そしてドラえもんが出してくれたひみつ道具が「宝探し地図」。宝探し地図が示した場所は太平洋上の謎の島で、のび太くんたちはそんな謎の島を目指して冒険の旅に出るわけです。
もちろんぼくもこどもの頃ドラえもんを観ていたし、とても好きでした。なにせぼくはこどもの頃からのび太くんと呼ばれていたくらいだし。
でも、それってあんまりいい意味じゃなくて、メガネでひょろひょろしていて、弱虫で泣き虫でみたいな感じででしたけど。
そんなのび太くんが今回はとてもかっこいい。まあ、もちろん基本ダメな子なんですけど、でもたいせつなことを感覚として知っているというか。
だいすきな子を守りたい、助けたい。
そのためにちいさなその手を伸ばせるってことはとても尊いことだと思う。ぼくにはその手を伸ばせただろうか。助けに行けただろうか。
大人の思考で観てしまうと、そんなに単純じゃないよなとか、結局なんにも解決してないよなあとか、素直に物語に入り込めないこともあるかもしれないけれど、親として、夫として、家族としてのぼくはとても感動してしまった。恥ずかしながら、泣いてしまったな。
妻をたいせつにしたいって改めて思ったし、ちいちゃんをひとりにはしたくないって強く思った。誰が欠けても、ぼくたちはもうこれまでのぼくたちじゃなくなっちゃうのだから。
まあ、
そんなことあれやこれやと考えなくともとにかく単純に面白かった。ちいちゃんもわくわくドキドキ、観ていたんじゃないかなと思う。だって横に座ったちいちゃんは笑ったり、真面目な顔になったり、目まぐるしく表情を変えていたから。
「ぼくが助けなきゃ」
故障してしまったドラえもんにのび太くんが勇気を振り絞って言ったことばはとてもかっこよかった。でもそんなふうに言える相手がいることこそ何よりも尊いことかもしれない。
できるなら、
いつかちいちゃんにもそんな友人ができたならいいなと思う。ぼくはこどもの頃からずっととても弱いひとで、守りたいと思えるようなひとに出会えるなんて思いもしなかった。
たぶん、根元の部分にあるそれはいまも変わらない。弱虫で、泣き虫で、臆病で、自分のことをネガティブに表現することならいくらでもできる気がする。
でも、
幸いなことにぼくは守りたいひとたちに巡り合えた。ちいちゃんや妻の為なら、ぼくはのび太くんとおんなじことばを言うことができる気がする。
この年になってさ、
やっとかもしれないけれど。
ん、
「ほんと?」
って、妻には言われちゃいそうだな。けど、たぶん。それはほんとだよ。
ちいちゃんのてがみ
だいすきなママへ
〇〇さいのおたんじょうびおめでとう。
気もちは17さい、ときどき7さいのママ。
ママって、おもしろいね。
だいすきだよ。
ちいちゃんより
***
妻の誕生日。
ぼくが用意した誕生日プレゼントは春っぽい水色のカーディガン。それと家族3人で着れるようにおそろいのディズニーのTシャツ3枚。
ぼくらしくないプレゼントだねえ、なんて言いながらも妻は思ったより喜んでくれたけど、ちいちゃんのてがみにはかなわない。
7さいになったばかりのちいちゃん。とても素敵な手紙を書くなあなんて思っちゃうのは親バカかな。
誕生日数日前から妻の、
「誕生日にはおてがみちょうだいね!」
攻撃がすごかったから、半ば強制的な感じもなきにしもあらずだけど、でも他意のないあたたかなてがみはぼくたちのこころをやわらかにしてくれる。
ねえ、
ちいちゃん。
知ってた?
ちいちゃんのそんなてがみを読んで、パパもなんだかとてもうれしかったって。こころやさしいちいちゃんはぼくたちの誇りだよ。
とっても素敵なてがみをママに送ってくれてありがとう。まあ、見てたら分かると思うんだけど、ママはもっと、とてもとてもうれしかったと思うよ。
アリス
目覚まし時計の音で目が覚めた。
うわ、やってしまった!
目覚まし時計は6時にセットされていて、それは妻の起きる時間。普段、ぼくは自分の携帯のアラームで5時には起きるから、1時間の寝坊。でも、ふと横を見ると昨日妻のふとんのなかのもぐり込んだはずのちいちゃんがいて、なんだかちょっと、というかかなりうれしくなる。いつのまにかぼくのふとんのなかに来てくれたみたい。
が、
現実的にはあんまり余裕はないわけで。けど、まあ、今日は早出の日じゃないし、妻には悪いけれどのんびりと出発させてもらおう。
ごめんなさい。
ちなみに今日も朝食はセブンイレブンで購入。またメロンパンを買ってしまった。しかも今日はホイップクリーム入り。いけないと思いつつ、惣菜パンとか買う気にはなれないのですね。なんかおかずはおかずで、ごはんと一緒の方がいいよねみたいに思ってしまって。
わけわからんって、妻には笑われちゃうんだけど。
で、
コーヒーも買って、今日はこぼさなかったのだ!
***
ぼくはみんなが言うところによると、けっこう痩せているらしい。ん、かなり? でもけっこう食べる。まあ、甘いものだけど。件のメロンパンとかもそうだし、一番好きなのはドーナッツ。しかもオールドファッション。
なものだから、普段はお昼に自分で作ったそんな多くもないお弁当を食べてるぼくが、たまに菓子パンばっかり3個も食べてたりすると、けっこう食べるんだねなんて驚かれたりする。
まあ、
驚いてるのは菓子パンばっかりってとこかもしれないけど。これはもう高校生くらいからぶれないところ。甘いのばっかり。って、なんの自慢でしょうね?
で、
組合なんかでお付き合いのある社長さんなんかには、「ろれんぞくんは、胃下垂だよね」なんて言われたりして。でも、胃下垂ってどんなことなのかよく分からないのですが。要はやせの大食いってことなのかな? だとしたらまあ当たらずとも遠からずですね。
はい。
それで昨日。
お昼に家族でマクドナルドに行って、ちいちゃんがあんまり食べなかったので残ったものをぼくが食べたのだけど、こういうことってけっこうあって、普段からちいちゃんのも食べてるんだから胃下垂にもなるよねって妻に話したら、
「いや、胃下垂ってさ。そういうことじゃないと思うよ」
って、冷静に言われてしまった。
そうなの?
さて、
そんなことはさておき最近、誕生日を迎えたちいちゃん。一昨日はスタジオアリスに写真を撮りに行きました。ハッピーバースデイと七五三を兼ねまして。
4人兄弟の末っ子だったぼくにはあんまり幼い頃の写真というものが残っていない。結婚式のときにこどもの頃の写真を映像で映し出すというので探したらほんとない。しかも母から生まれたときの写真だよって言われてもらった写真は実は兄の写真だったという始末。
いや、まあ、笑い話ですけどね。笑い話ですけど、けっこう本気で哀しかったりもするわけです。
なので、
ちいちゃんにはたくさんの写真を残してあげたいなあとなんとなく思っていて、そんなに頻繁ではないけれど、時期ごとに我が家でもスタジオアリスに写真を撮りに行っているわけです。
みんなおんなじかもしれないけど、やっぱり思っている以上に記憶というのはあやふやだから写真というのは貴重だなあとぼくなんかは思ったりして。
とはいえ、
実はぼくはスタジオアリスがとても苦手。だって待ち時間ばかりがとても長いのです。一昨日も1時半からの予約で、終わったのは5時半過ぎ。誕生日と七五三の2種類の撮影だったからというのもあるけれど、それにしても長い。ちいちゃんも疲れちゃったよね。
で、
ここでいちばん機嫌が悪くなるのがママ。「こんなに待たせるなら、最初から時間をずらしてくれればいいのに」
ぼくにいろいろ言うわけです。なので、「いや、そんなのぼくのせいじゃないじゃん」と、ぼくが言うと、「だれもパパのせいだなんて言ってないでしょ」
はい。
たしかにそんなことは言ってませんでした。
でも、そんな妻も素敵なドレス姿と着物姿のちいちゃんを見てとても素敵な笑顔を見せていて、そんなふたりを見てぼくもとてもうれしくなった。
こんな笑顔を見られるなら、ちょっとぐらい待ってもいいかな。うん。でもできるならもうちょっと待ち時間を減らしてくれたなら、我が家ももうちょっとなごやかに写真を撮りに来ることができるのですが。よろしくお願いいたします。
ちいちゃんが選んだのは花が彩られたとてもかわいいというよりきれいな白いドレス。白いドレスに包まれたちいちゃんは緊張していてなかなか笑顔が出ません。写真を撮ってくれるのは若い女性で(そういえばここは昔から男性のカメラマンっていないな)、
「笑顔がかたいよー。パパの好きな食べ物は?」
なんてことを聞いたりします。
「コーヒー」と、ちいちゃん。あ、それ飲み物だから。案の定、
「うーん、それは飲み物だなあ。食べ物は?」
するとちいちゃん、「ドーナッツ!」
大きな声で言えたけど、ドーナッツってさ、こういう場で言われるとちょっとぼくは恥ずかしい。間違ってはいないのですが。
「そっかあ、パパはドーナッツが好きなのか。かわいいパパだね。わたしも食べていい」
「ダメ!」
と、ちいちゃん。
「そっか、わたしはダメかあ」
ちいちゃんは大笑い。ひとまわり以上若い女の子にかわいいって言われてしまったぼくは苦笑い。でもさすがだな、その後はなごやかに撮影は進んで、とても素敵な笑顔の写真がいっぱい。
***
帰りは結局6時を過ぎていて、疲れちゃったちいちゃんは眠っている。遅くなっちゃったから何か食べて帰ろうか、と妻に話すと、そうだねと妻は言った。
外を見るといつのまにこんなに日がのびたのか、薄暗いなかになんとなく昼間の名残りが残っている。自動車販売店のショーウインドウのなかの電飾はなんだか淋しげに光っている。
春がくるんだな。
ぼくはそんなことをなんとなく思った。春になればちいちゃんはもう2年生。こんなふうにいつのまにか時間は過ぎていくのかな。見逃したくないなあ、とぼくは思った。ちいちゃんのたいせつなときを、ぼくは見逃していないだろうか。
とにかく、いまをたいせつに生きなくちゃな。言葉にするとありきたりだけど、多分ぼくはそんなことを思っていたんだと思う。
***
先日はちいちゃんの誕生日だったけれど、今日は妻の誕生日。プレゼントはマッサージに行かせてもらったからいいよという妻だけど、そうもいかないから、だから今日はプレゼントを買って帰るつもりだけれど。
センスの悪いぼくのこと。さて、どうなることやら。
ハッピーバースデイ
きょうはちいちゃんの誕生日。
長かったような、あっという間だったような、でもやっぱりあっという間だったのかな。
あっという間、
7歳だね。
おめでとう!
いつも素敵な笑顔をぼくたちにくれてありがとう。ささくれだったこころもまるくやさしくしてくれてありがとう。
ぼくたちはついついいろんなことを経験して欲しいとか、思っちゃうんだけどどうかちいちゃんはそんなことは気にせずに過ごしてください。笑顔のたくさんな1年であれたならそれでいいのだから。
誕生日プレゼントはもう渡してしまったけど、きょうは帰ったらささやかなパーティーだね。ケーキはちいちゃんが選んでくれるってことだったから楽しみにしているよ。こんな日に組合関係の定例会があって帰りが遅くなっちゃって申し訳ないけれど、とてもとても楽しみにしているからね。
***
ここのところ、ちょっと忙しい。
日曜日には仕事の関係で何年ぶりだろうか、試験を受けた。久しぶりに横浜まで電車で行っての試験。少し特殊な業界にいるのでその知識を深めるための試験なのだけど、受験料なんかは会社が負担してくれる。
ただぼくの仕事は基本経理なので業界の知識は少ないから、これはそれなりにたいへん。でもなんというか、今後もこの業界で仕事をしていく上ではありがたい話なのかもしれない。
が、
問題はあんまり勉強する時間ってとれなくてってこと。ちいちゃんを寝かしつけてからって思うのだけど、結局できたのは試験の前数日間くらい。あとはお昼休みにちょっとずつくらいで、結果はあんまり芳しくなかったかもしれないなあ。こりゃ、いつかちいちゃんが受験生になったときぼくはえらそうなことは言えない。
結果は3月中に郵送されるんだとか。話題に上らなかったならまあ、ダメだったということで。
***
試験から帰ると妻とちいちゃんが出迎えてくれて、写真を撮ろうと言った。
先々週くらいだろうか、ひな人形を飾っていて、その前でみんなで写真を撮ろうってことらしい。親王飾りというのでしょうか、お内裏さまとお雛さまだけのものですが、妻の両親が用意してくれたものでとても素敵なひな人形。
去年まではひな人形を怖いと言っていたちいちゃんでしたが今年は大丈夫みたいで、飾り付けるのも一緒に手伝ってくれました。
ひな人形の上の壁に妻とちいちゃんでハッピーバースデイという文字を飾り付けてくれていて、その前で記念写真を撮りました。
セルフタイマーが物珍しいちいちゃんはふざけて何度か失敗したけれど(シャッターがきられる瞬間にわざとカメラの前に近づいたり、突然歌い出してぼくたちを笑わせたり)、でも家族3人のとても素敵な写真が撮れたんじゃないかと思う。
「素敵な写真が撮れたね」と、ぼくが言うと、そうでしょうとなんだかしてやったりみたいな感じで妻が言った。
うん、なんかその表情はちょっと悔しいけどこういう思い出作りはママが上手。またひとつたいせつな思い出が増えたね。
さて、
きょうは帰ったらささやかなパーティー。早く帰りたいものだな。
そんなことを言われたらぼくは
昨日、仕事から帰るとちいちゃんは駆け寄ってきて言った。
「見て、パパ。わたしね、歯っかけになったの」
もうすぐ7歳のちいちゃん。下の前歯2本はすでに生え変わっているけれど、ぼくから見てその右側の1本がちょっと前からなんだかぐらぐら。
先週の日曜日に気になると言うので、ぼくはガーゼでつまんで抜いてしまおうと試みたのだけれど、まだ根本はけっこうしっかりしていて抜けない。なので、もう1週間様子を見てみようね、ということにしていたら、昨日、大好きなベーグルを食べているときに抜けちゃったらしい。
「びっくりしちゃったよ」と、ちいちゃんは言った。「なんかね、変だなーと思ったんだけど。口のなかにかたいのがあって、それが歯だったの」
「うわ」と、ぼくは言った。「それはびっくりするよね。よくがんばったね」
「ぜんぜん」と、ちいちゃん。「がんばってないよ。なんか知らない間に抜けちゃって良かった」
「そっか。それなら良かった」
「うん」
そしてちいちゃんは口を大きく開けて、ねえ、もう血止まってる? と聞いた。そんなちいちゃんを見て、なんだか知らないけどぼくはちいちゃんが幼稚園だったころのことを思い出した。
ちいちゃんが年少のころだったろうか、パン屋を辞めてからいまの仕事に戻る前に別の会社に勤めていたころぼくは肺炎になって仕事を2週間近く休んだときがあって、安静にしてなくちゃダメってことだったけど、ある程度体調が良くなるとぼくはちいちゃんの幼稚園の送り迎えを始めた。後にも先にも、ぼくがこういうことをできたのはこのときだけ。
幼稚園まではちいちゃんに合わせても歩いて10分もあれば着いてしまう距離で、でもそんな短い距離がぼくにはとても貴重な時間だった。
朝、起きて朝食を用意して、洗濯を干し、そしてちいちゃんを起こして慌ただしく朝食を食べさせ、トイレに行かせて着替えをさせて歯磨きをして。
あなたは仕事に行っているから楽でいいよね、とよく言われるけれどぼくからすればそんな時間こそうらやましくも思ったりする。もちろん妻が欲しい言葉はそんな言葉ではないことは重々承知しているし、面と向かってそんなことは言ったりもしない。
でもぼくはどうしてもそんなことを思ってしまう。それはないものねだりなのかもしれないし、毎日じゃないからそんなことが言えるんだって言われたらぼくに返す言葉はないけれど。
幼稚園の正門の前で先生に挨拶をして、ぼくはしゃがんでちいちゃんの背中をポンポンと2回軽くたたいて、それから「行ってらっしゃい」と声をかける。
ぼくがそこから玄関へ向かうちいちゃんの背中を見つめていると、まだ幼かったちいちゃんは何度も振り返りながら歩いていく。なんだかそれはうれしいような、せつないような、そんなきもちだったことをいまでもよく覚えている。
あのころぼくはたぶん、全力でちいちゃんを守らなくちゃって思ってた。それはいまも変わってはいないのだけれど、でもあのころのぼくはちょっと気負い過ぎていたのかもしれない。もしかしたら妻もそうだったのかもしれない。
いま、口を大きく開けて歯の抜けたあとをみせるちいちゃんを見て、ぼくはそんなことを思う。ぼくがどうとかじゃなくて、きみは少しずつけれどしっかりと成長しているんだね。
「うん」と、ぼくは大きく口を開けるちいちゃんに言った。「だいじょうぶ。しっかり血は止まってるみたいだよ」
***
まだまだぜんそくの薬を飲み続けているちいちゃん。この手の薬は症状が良くなっても飲み続けなければいけないらしくて、そんなこともあってなんとなくまだ遠出は控えているのだけど、先週は例のちいちゃんの誕生日プレゼントを買いにイオンに行った。
誕生日プレゼントをもらったちいちゃんはとてもうれしそう。帰ると早速、ごっこ遊びが始まった。とても、喜んでくれてありがとう。
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プレゼントはこんな おもちゃ。これでちいちゃんはキュアアンジュに変身。なんだか主役の子じゃなくて水色の女の子が好きみたい。ちなみにぼくはハリーという関西弁のへんな妖精役とその他大勢。そんなごっこ遊びはぼくが夕食を準備を始めるまで続いた。
さて、
ごっこ遊びの後、先週末の夕食メニューは土曜日がブリの照り焼き。妻には「またおんなじメニューじゃん」って言われちゃったけど、でもブリがね、安かったのだ。そして日曜日はちいちゃんのリクエストでグラタン。
市販のグラタンの素を使ったものだけど、チーズをたっぷりかけたグラタンはちいちゃんの大好きなメニュー。
「おいしいから食べられちゃうね」
なんと、
妻がそんなことを言ってくれた。なんかさ、そんなこと突然言われちゃうとぼくは戸惑っちゃうんだ。なんて言っていいんだか分からない。それでもやっぱりうれしかったから、「ありがとう」とぼくは小さな声で、でも多分いつもよりちょっと素直に言った。
お酒はほどほどにね
先週も金曜日は仕事で銀行へ行ったので、少しのあいだだけれどNHKラジオでごごラジを聞くことができた。
ごごラジ、金曜日のパーソナリティは高橋久美子さん。なんか、やっぱり高橋さんはとても面白い。
1月末、関東地方も大雪の日があったけれど、この日に高橋さんは滅多に経験できないからということで夜中に夫婦で雪の東京を歩いたんだとか。一緒に歩くだんなさんもきっと素敵な方なのだろうなあと想像したりしてしまう。
もしかして、
高橋さんてトトロが見えたりするんじゃなかろうか。なんて、そんなばかみたいなことまで考えたりしてね。仕事中、ちょっとやさしいきもちになったりした。
さて、
この日のごごラジ。テーマが「やらかし五七五」というもの。いろいろやってしまったなあってことを川柳で読んでくださいってことみたい。
川柳で読むっていうようなセンスはないけれど、ぼくにもやってしまったなあってことならやっぱりそれなりにある。
で、
思い出すのは、去年のちいちゃんの誕生日。ちいちゃんの誕生日は2月の後半。ちなみに妻はその5日後。ちなみに、なんて言ったら妻には怒られちゃうかもしれないけれど。
去年は誕生日の直前の土曜日にちいちゃんの誕生日プレゼントを買いに行こうね、と話していた。けれど、その前日がたまたま仕事でお酒を飲む機会があったのだ。ぼくは普段そういう機会でもそんなに飲まないので油断をしていたのだけれど。
その日は組合関係の意見交換会があって、その年度1年の事業活動についての報告と次年度の事業計画案や活動そのものについて相談というか、そんなことをするのだけど、やってしまったのはそのあとの懇親会。それは居酒屋でのこと。
ぼくはたまたま専務理事の真ん前の席に座ってしまった。専務理事というのは、まあ、簡単に言うとえらいひとなのだけれど、どうやら日本酒がお好きなようでけっこうなペース。ぼくはそんなに飲めないけれど、なにが好きかと言えば好きなのは食事と一緒にちょっと飲む日本酒。もしくはちょっとのウイスキー。
あくまでちょっとなのだ。
さて、
ぼくは基本会社員だから、組合活動は通常の仕事ではない。だから当然組合の専務理事と話すことも普段はほとんどない。だからこんなときはけっこう困ってしまう。どんな話をすればいいのかなあと。懇親会だし、あんまり仕事の話もなと思うし、堅苦しい話も馴染まない。けど専務理事、読書が好きらしく、なんと話が合ってしまった。
「専務理事はどんな本を読むんですか?」と、ぼくは聞いた。
「そうだなあ」と、専務理事。「小説ばっかりなんだけどね、ぼくは藤沢周平なんかは全部読んだよ」
「そうなんですか」と、ぼくは言った。偶然だけど、ぼくも藤沢周平さんがとても好きなのだ。「ぼくも好きなんですよ。映画も観ましたし」
「山田洋二監督のだね。ぼくも観たよ。まあでも、やっぱり小説の方がいいね。奥行きがあるよ」
「そうかもしれないですね」と、ぼくは言った。「でも、なんかとっつきには映像っていうのはいいもので、ぼくは藤沢周平さんを知ったのはテレビドラマなんですよね。蝉しぐれという小説が原作のドラマなんですけど」
「そうか、蝉しぐれか。あれは代表作のひとつだね」と、専務理事は言った。「たしかにあれはテレビドラマも良かったね」
そんなとき、店員さんがエシャロットがのった一皿を持ってきた。
「専務理事、ひとつどうですか」と、ぼくは尋ねた。
「いや、ぼくはいいよ」と、専務理事は答えた。「そんなしゃれたもの食べたことないんだよな。らっきょならね、食べるんだけど」
すると、隣りに座っていた専務理事と同年代の組合の相談役が言った。「そうですか、どっちも似たようなものじゃないですか」
「いや、それがね」と、専務理事。「違うんだよ。これがさ、ぜんぜん」
「あれですよね」と、ぼくは言った。「食べ方が違うんですよね。ほら、らっきょ漬けならいいみたいな」
「おお」と、なぜか上機嫌になる専務理事。「お前、よく分かってるじゃないか。ほら、空じゃないか。飲め飲め」
と、
専務理事は小説や映画の話になると饒舌で、ぼくもそんな話ならぼちぼち話すこともできて、その度日本酒がつがれ楽しい会話のお酒は進んで、つい飲み過ぎてしまった。
でも考えてみると、ぼくはいま経理の仕事をしているけれど、経理の限られた狭い範囲の仕事だけでなく、業に関わる流れのなかで経理という仕事を通して会社の益する仕事をしたいと考えたとき、失礼な話かもしれないけれど社内にはなかなか参考にすべき上司がいなくて、そんな意味では専務理事はぼくが仕事をするうえでお手本とすべきひとなのかもしれない。そんなことを専務理事と話していて感じたりもした。
現場を知らないぼくはいつもどこか居心地の悪さというか、申し訳なさというかそんなものを感じていたから、なんとなくこれからの仕事のちょっとした道筋がほんの少しだけれど見えたような、そんな気もして飲み過ぎてしまったのかもしれない。それだけ楽しかったのだと思う。
けど、
それはそれ。日本酒は飲んだその日は良くて、ぼくは楽しいお酒だったなあなんて思いながら家に帰り、ちゃんとお風呂に入り、歯もみがいたのだ。でも約束の翌日。
あたまがいたい。
きもちわるい。
ぼくはひどい二日酔い。ちいちゃんと誕生日プレゼントを買いに行くことはできず、それは妻に任せることになった。そしてぼくの二日酔いは2日じゃ済まず、なんと月曜日まで続くことになり、やらなきゃいけない仕事だけはなんとかこなし早退することになった。
で、
今年。ちいちゃんの誕生日はもうちょっと先だけど、待ちきれないちいちゃんは土曜日に買いに行きたいと言った。
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今年、ちいちゃんが欲しい誕生日プレゼントはこんなおもちゃ。あいかわらず、プリキュアが大好きなちいちゃん。先日始まったばかりの新しいプリキュアのおもちゃが欲しいみたい。
まだちょっと早いのだけれど、そんな去年のおはなしもあったので今年は早めに誕生日プレゼントを買いに出かけることになった。
「ねえ、パパ」と、プレゼントを買いに行く前日にちいちゃんは言った。
「お酒はほどほどにね」
「はい」と、ぼくは苦笑い。そんなことまで言えるようになったんだね。まあ、今年の意見交換会は3月の予定だし、多分もう大丈夫だと思うんだけど。
「ごめんね、ちいちゃん」と、ぼくは言った。「今年は多分、大丈夫だと思うよ」
ちいちゃんは、にこっと笑った。